chigiri vol.196 大須賀法務合同事務所 所長 大須賀 亮さん
司法書士・土地家屋調査士・行政書士。三つの専門性で、
地域の力に。100年以上続く歴史を、新しい時代へつないでいく。
大須賀法務合同事務所 所長 大須賀 亮さん
相続や不動産登記、土地の境界、各種許認可など、人生や事業の節目には法務の専門家の力が必要となる。しかし、その内容によって相談先が異なるため、「誰に相談すればよいかわからない」と戸惑う人も少なくない。
豊橋合同庁舎のすぐ隣。真新しい建物がひときわ目を引くのが、大須賀法務合同事務所の新社屋だ。2025年に完成した建物は、全体を包み込む木質ルーバーと緩やかな曲線を描くファサードが印象的。法務事務所らしい堅さを感じさせない佇まいは、この場所に長く根付く事務所らしい落ち着きと信頼性を感じさせる。
その歴史は、登記制度が法制化される以前まで遡る。初代・大須賀観喜知が地域の司法行政に携わったことを礎に、時代の変化とともに司法書士、土地家屋調査士、行政書士による合同事務所へと発展。80年代にはいち早くオフィスコンピューターを導入するなど、時代の変化を柔軟に受け入れながら歩みを重ねてきた。長い歴史の中で大切にしてきたのは、変化を恐れず、地域の期待に応え続けること。その姿勢は、今も事務所の根底に息づいている。
三つの資格を持つ専門家が連携し、幅広い相談に一つの窓口で対応できることが私たちの特徴です。でも、一番大切なのは地域の皆さんから信頼されることです。地域に寄り添い、根付いてきた事務所だからこそ、必要としてくださる方のためにも、この事務所をこれからも続けていかなければならないと思っています」
この長い歴史を受け継ぐのは四代目所長の大須賀亮さん。法務事務所の所長という先入観をいい意味で覆す人物だ。穏やかな笑顔と洗練された雰囲気をまといながらも、気さくで自然と場を和ませる。案内された応接室には現代的なアートや調度品がさりげなく飾られ、一般的な法務事務所とは少し趣の異なる空間が広がっていた。
そんな大須賀さんも、幼い頃から家業を継ぐことを考えていたわけではない。いわゆるヤンチャな方で、中学生の頃は将来のことなどほとんど考えず、仲間と過ごす毎日が何より楽しかったという。両親は、そんな息子の将来を案じていた。「このままではいけない…」。そして考えた末に決断したのは、オーストラリアへの留学だった。
ある日“支度しろ。オーストラリアへ行くぞ”って言われたんです。旅行のつもりで飛行機に乗ったものの“今日からここがお前の家だ”とホームステイ先を紹介されて…腹をくくりましたね(笑)」。英語も文化もわからない環境での生活は戸惑いの連続だったが、多様な価値観を持つ人たちとの出会いは、それまでの自分を少しずつ変えていったそうだ。高校卒業後はアメリカへ渡り、自分の将来と向き合う中で、初めて家業という存在を意識するようになる。
帰国後は測量の専門学校へ進学し、大須賀法務合同事務所へ入所。土地家屋調査士として経験を積み重ね、現在は四代目所長として事務所を率いている。長い歴史の中で受け継がれてきたのは、建物でも名前でもない。地域から寄せられる信頼だ。その信頼を絶やすことなく次の世代へつないでいくこと。それが、四代目として大須賀さんが背負う、100年企業の責任なのだ。

事務所外観
遠回りの先で見つけた
自分が担うべき仕事。
———すぐ帰るつもりだったオーストラリアでの生活。しかし、異なる文化や価値観に触れた経験は、大須賀さん自身を少しずつ変えていきました。アメリカで初めて将来と向き合い、帰国後は土地家屋調査士として現場へ。今、四代目として地域の信頼を受け継ぐまでの歩みを伺いました。
一年で帰るつもりだった
シドニーへ渡った当初は、「一年いれば親も納得するだろう。その後は絶対に日本へ帰ろう」と考えていました。英語はほとんど話せず、辞書を片手に言いたいことを伝える毎日。それでも、さまざまな国の人たちと出会い、日本では当たり前だった価値観が当たり前ではないことを知りました。
語学学校を経て現地の高校へ進学し、多様な人たちと過ごす中で、自分の考え方も少しずつ変わっていきました。気が付けば、「もう少しここで学んでみたい」と思うようになっていたんです。
アメリカで初めて考えた将来
高校卒業後は、兄が暮らしていたアメリカへ渡り、カレッジに入学。自分が興味のあるさまざまな分野を履修できるので、将来を決めるというより、「面白そう」「やってみたい」と思えることを自由に学ぶ毎日でした。時間にも余裕があり、本当に好きなことに向き合える環境だったと思います。
そんな生活を送る中で、20歳を過ぎた頃から、「このままアメリカで暮らすのか、それとも日本へ帰るのか」と、自分の将来を真剣に考えるようになりました。その時、自然と頭に浮かんだのが家業でした。母に土地家屋調査士の参考書を送ってもらい、図書館で勉強も始めましたが、独学ではなかなか理解できませんでした(笑)。
それでも、家業に入るなら資格が必要で、そのためには基礎から学ばなければならない。そう考え、帰国して測 量の専門学校へ進学しました。
人の財産を守る仕事
専門学校卒業後は事務所へ入り、測量の現場から仕事を覚えました。最初は先輩の補助として現場を回り、言われたことを覚えるだけで精一杯。それでも経験を重ねるにつれ、一つひとつの作業に意味があることが分かるようになりました。
土地家屋調査士の仕事は、土地の境界を明らかにすること。古い資料を調べ、行政や関係者から話を聞き、現地を測量し、「なぜここが境界なのか」という根拠を積み重ねていきます。人の財産に関わる仕事だからこそ、曖昧な判断はできません。
初めて自分が担当した境界確定では、資料集めから日程調整、立ち会いまで、すべてを任されました。無事に終わった時は、「ようやく一人前のスタートラインに立てた」という気持ちでした。
地域に必要とされる事務所であり続ける
現在は所長として、実務だけでなく会社全体を見る立場になりました。新社屋の建設では、お客様の利便性はもちろん、社員が働きやすい環境づくりにも力を入れています。毎日過ごす場所だからこそ、「ここで働けて良かった」と思える職場にしたかったんです。
100年以上続いてきた事務所ですが、歴史があること自体に価値があるとは思っていません。この事務所がなくなれば困る方がいる。その期待に応え続けることこそが、老舗としての責任なんです。これからも地域に寄り添いながら、皆さんに必要とされる事務所であり続けられるよう、変わるべきところは時代に合わせて柔軟に変え、変えてはいけない信頼は守り続けながら、次の世代へつないでいきたいです。

大須賀法務合同事務所
豊橋市前田中町13番地26
TEL:0532-53-0520
大須賀法務合同事務所WEBサイト
おおすか・りょう さん プロフィール
1977年、豊橋生まれ。豊橋市立青陵中学校卒業後、オーストラリア・シドニーへ渡り、語学学校を経て現地の公立高校へ進学。卒業後はアメリカへ渡り、カリフォルニア州サンノゼのカレッジに約2年間通う。将来について考える中で家業を意識するようになり、帰国後は測量の専門学校へ進学。1年間測量を学んだ後、大須賀法務合同事務所へ入所。現場で測量や境界確定の経験を重ね、30歳で土地家屋調査士試験に合格。2025年の新社屋完成を機に、四代目所長として事務所を率いる。現在は、司法書士・土地家屋調査士・行政書士が連携する体制のもと、地域の法務行政を支えながら、働きやすい職場づくりと事務所の次代への継承に取り組んでいる。