声と音で、物語に命を吹き込む。豊橋市立豊城中学校 人形浄瑠璃部

声と音で、物語に命を吹き込む。豊橋市立豊城中学校 人形浄瑠璃部

豊橋市に伝わる無形民俗文化財の一つ、吉田文楽(飽海文楽)。その伝統芸能を、中学生たちの手で未来へとつないでいるのが、豊橋市立豊城中学校 人形浄瑠璃部です。 人形、語り、三味線。三つが一体となって物語を紡ぐ日本独自の舞台芸術に、今、真剣に向き合う生徒たちがいます。

WonderKids vol.002

豊橋市立豊城中学校 人形浄瑠璃部 集合写真

[豊橋市立豊城中学校 人形浄瑠璃部]

 

人形が、生きているみたいだった。

副部長の後藤理誓(ごとう・りせい)さんは、入部前はテニス部を考えていました。実際に体験入部もしましたが、「想像以上にきつくて、これは続かないなと思った」と振り返ります。

そんな中で目に留まったのが、人形浄瑠璃部。「珍しいし、ちょっと面白そうだなと思って体験に行ってみました」。そこで目にしたのは、本来動かないはずの人形が、人のように動く姿でした。三味線と太夫(たゆう)の語りが、その動きをさらに彩り、舞台の上に一つの世界が立ち上がっていく。「この部活にしよう」と、入部を決めたそうです。

同じくテニス部から転身した部長の深谷優海さん。深谷さんにとってテニス部の練習はちょっとハード…そんな時、人形浄瑠璃部の存在を知り、仮入部をしたそうです。「先輩がとても優しくて、三味線も触らせてくれました。普段なかなか触ることのない楽器で、とても楽しかったんです」。自分の奏でる三味線と浄瑠璃で物語を作り、人前で披露したい――その思いが、入部の決め手になったようです。
 

そもそも「浄瑠璃(じょうるり)」とは?

浄瑠璃とは、声と音だけで人の心と物語を立ち上げる芸能。

浄瑠璃とは、三味線の音にのせて、太夫(たゆう)と呼ばれる語り手が物語を語る、日本の伝統的な語り芸です。登場人物のせりふだけでなく、喜びや悲しみ、怒りといった感情、さらには場面の情景までも、声の強弱や言葉の抑揚、間で表現します。

「浄瑠璃」という名前は、中世に広く親しまれた『浄瑠璃姫物語(じょうるりひめものがたり)』に由来しているそうです。この物語が語り物として演じられるようになったことから、やがて物語を語る芸能そのものを「浄瑠璃」と呼ぶようになりました。

人形浄瑠璃に使用する人形

人形浄瑠璃部の練習風景

 
 

人形浄瑠璃とはどんな芸能?

もともとの浄瑠璃は、語りと音楽だけで物語を表現する芸能でした。観る人は、太夫の声と三味線の音を頼りに、頭の中で登場人物の表情や動き、物語の世界を思い描きます。

やがて、この浄瑠璃の語りに人形芝居が組み合わさり、生まれたのが人形浄瑠璃です。

人形浄瑠璃では、太夫(語り)・三味線・人形遣いが一体となって物語を表現します。人形は一体を三人で操り、息を合わせて人形に息を吹き込みます。その動きはとても滑らかで、まるで人形に命が宿ったかのように感じられるほどです。

語りが物語を進め、三味線が感情や場面の空気を彩り、人形がその世界を目の前に映し出す。人形浄瑠璃は、日本独自の伝統芸能であり、音楽・演劇・人形劇が融合した総合芸術なのです。

 
 

吉田文楽(飽海文楽)と、地域の支え

豊橋で長く受け継がれてきた人形浄瑠璃は、吉田文楽(飽海文楽)と呼ばれています。「飽海(あくみ)」とは、かつてこの地域がそう呼ばれていたことに由来し、吉田文楽は、豊橋の歴史とともに受け継がれてきた地域固有の伝統芸能です。

この吉田文楽を守り、次の世代へと伝えてきたのが吉田文楽保存会です。
保存会は、長年にわたり人形や演目、語りや三味線の技法を継承し、PLAT(穂の国とよはし芸術劇場)や公会堂などで定期公演を行いながら、地域の人々に吉田文楽の魅力を伝え続けています。

また、舞台での上演だけでなく、学校や地域行事での披露、後継者の育成にも力を注いでいるのが特徴です。豊城中学校 人形浄瑠璃部も、そうした活動の中で生まれ、育まれてきました。

保存会の会長をはじめとする指導者の方々は、定期的に学校を訪れ、人形の扱い方や三味線、浄瑠璃の語りだけでなく、「なぜこの芸能が大切にされてきたのか」「地域にとってどんな意味を持つのか」といった想いも伝えています。

地域の大人たちが長い年月をかけて守ってきた伝統を、今度は中学生たちが受け取り、舞台の上で表現する――吉田文楽(飽海文楽)は、地域と学校、世代と世代をつなぐ架け橋として、今も豊橋の中で息づいています。

人形浄瑠璃部の練習風景

人形浄瑠璃部の練習風景

 
 

実際に演じることと人形浄瑠璃の魅力

三味線を担当するようになったのは、先輩からの「ちょっと三味線触ってみる?」だという後藤さん。
初めは興味がなかったものの、先輩の人柄と、弾けば弾くほど面白くなる三味線にどっぷり浸かってしまったそうです。文化祭などで披露する際は、自分の三味線がマイクを通してスピーカーから響き、観ている人に「伝わっているな!」と実感。それがすごく楽しいそうです。

プロの人形師が扱う人形は「生きてる?って思ってしまいます。人形なんですけど(笑)」と、深谷さん。
まるでアニメでもみているかのように、動きが滑らかで、繊細な動きをするそうです。それは「本当は小さな人が入っているのでは…」と思うほど。物語の深さや時代を超えて向き合えるテーマに加え、人形が人間のように物語を演じていというのも魅力的の一つだそうです。

三味線を弾く、部長の深谷優海さん

三味線を弾く、副部長の後藤理誓さん
 
 
 

人形浄瑠璃部が演じる、人形浄瑠璃の演目

人形浄瑠璃の演目には、親子の別れや身分の違いに悩む恋、そして心中といった、人の情を深く描いた物語が多くあり、その多くは、今から何百年も前の時代に生まれた物語です。

スマートフォンやSNSが当たり前の現代に生きる中学生たちが、そうした古い時代の価値観や、人の心の揺れを題材にした物語を演じている、その事実に、まず驚かされます!

部活動で取り組む代表的な演目の一つが、『お弓橋心中(おゆみばししんじゅう)』。豊橋に伝わる民話をもとにした、吉田文楽(飽海文楽)のオリジナル演目です。牛川村のお弓と瓦町の京之介という男女の悲恋を描いたこの物語は、恋愛や別れ、そして命に向き合う重いテーマを含んでいます。

一見すると、「中学生には難しいのでは…」と感じる内容かもしれません。しかし、人形浄瑠璃では、演者自身が感情を直接表に出すのではなく、人形を通して物語を表現します。その距離感があるからこそ、中学生たちは物語の本質と丁寧に向き合い、登場人物の思いを一つひとつ考えながら演じるのです…さらにビックリ!!

また、全国的に知られる演目として『傾城阿波鳴門(けいせいあわのなると)』があります。中でも「巡礼歌の段(じゅんれいうたのだん)」は、母子の別れを描いた場面として有名で、「ととさんの名は十郎兵衛、かかさんはお弓と申します」という台詞は、人形浄瑠璃を象徴する一節として、今も語り継がれています。

時代や年代が違っても、人を思う気持ち、別れのつらさ、誰かを大切にする気持ちは変わりません。だからこそ、古い物語でありながら、人形浄瑠璃は今を生きる中学生の感性にも響き、観る人の心を静かに揺さぶるのではないでしょうか。

 

発表の場と、続けることの難しさ

人形浄瑠璃には大会はありません。主な発表の場は、学校の文化祭や保存会の定期公演です。以前は文化系の生徒が集まる芸能フェスティバルもありましたが、来年からはなくなってしまいます。

「少ない発表の場が、さらに減ってしまうのは寂しい」と深谷さん。それでも、観客の前で演じる喜びが、活動を続ける大きな原動力になっています。

人形浄瑠璃部 発表会の様子

人形浄瑠璃部 発表会の様子

人形浄瑠璃部 発表会の様子 三味線を引く生徒が横に並んでいる

人形浄瑠璃部 発表会の様子 拍子木を打つ黒子の格好をした生徒

 

伝統を、次の世代へ

人形浄瑠璃は、古くからある日本の伝統的な人形劇です。題材も親子や恋愛など様々にあるので観ていて飽きないという後藤さん。
太夫の語り口調が独特なので、一回見ただけでは分かりづらい…そんな少しハードルの高い人形浄瑠璃ですが、何度か観ているうちに次第に慣れてくるそうです。

また、演目も多いので「自分の好きなジャンルも見つかるかもしれない!」と深谷さんは言います。教科書でもお馴染み『近松門左衛門』は「聞いたことある!」なんて思い出す人も少なくないはず。有名な人形浄瑠璃や歌舞伎の作者です。

現在の部員は計10名。一体の人形を動かすには3人が必要で、三体登場する演目では最低9人が必要です。もう少し部員が欲しいと話す深谷部長。

今年は、学校中の教室を回って部員を勧誘。その甲斐あって7名の1年生が入部してくれたそうです。

「古くさそう、難しそうと思われがちだけど、まずは一度、触れてほしい」と二人は話します。知ってもらうことが、次につながる――その思いを胸に、部員たちは今日も稽古を重ねています。

豊橋の地で受け継がれてきた伝統芸能を、今を生きる中学生の感性で未来へとつなぐ。豊城中学校 人形浄瑠璃部の挑戦は、これからも続いていきます。
 

人形浄瑠璃部 三味線を持ってVサイン。
左:部長 深谷優海さん 右:副部長 後藤理誓さん

▶︎豊橋市立豊城中学校