雪辱誓い師弟で臨む集大成の夏 桜丘高3年木村海斗君進化の本命Vインハイ決める

雪辱誓い師弟で臨む集大成の夏 桜丘高3年木村海斗君進化の本命Vインハイ決める
インターハイ出場を決めた木村海斗君(右)と、6年間指導にあたった田嶌之貴監督。長きにわたり男子監督を務めた田嶌顧問は今夏で勇退。それぞれの立場で「総決算の夏」に挑む

小柄なボディに大きなエンジンを搭載し、全国の頂き目指すー。桜丘高3年の木村海斗君は、県高校総体柔道男子個人60キロ級で優勝し、8月13日から岡山県ジップアリーナ岡山で開催される全国総体(インターハイ)に初出場する。3月の高校選手権(内閣総理大臣杯)に続く2季連続のメジャー舞台。春の前回大会は雰囲気にのまれ初戦敗退。「自分の柔道ができなかった悔しさが今も残る。『リベンジの夏』と位置づけ完全燃焼したい」と拳に力をこめる。

県高校総体柔道男子60キロ級

ここはまだ通過点

県総体は先月、県武道館で行われ、男子60キロ級には74人が出場。第1シードの木村君は背負いと足技を武器に順当に勝ち進み、準決、決勝は新人戦と同じ桜丘VS大成の図式。大成の稲垣選手から背負いで有効を奪い、まず1の関所突破。決勝は前回準Vの同木津選手と対峙し、3分過ぎに小内刈りが決まって1本勝ち。心技の成長を誇示する本命Vだった。2人とは新人戦でも顔を合わせ、GSにもつれる接戦の末の辛勝だった。だが今回は本戦時間内(4分)に雌雄を決し「(県予選は)通過点という強い気持ちで臨んだ。重圧もあったが、使命感で勝ち切ることができた」と安堵(ど)の表情を見せる。この階級では小林晟太朗君もベスト4入りした。

忘れ物を取り返す

「全国には忘れ物がある。それを取り返しにいく」。3月の高校選手権は東京代表の薄井選手にGSの僅差で無念の一回戦負け。「緊張で体が動かず何もできなかった。反省しかない」と唇をかむ。自己表現できなかった敗因の1つに気持ちの弱さを挙げる。「勝ちばかりを意識して技が雑になり、思い描いていた展開とはほど遠かった。焦りから集中力も失っていた」。全国の畳の上に立つ精鋭の技量は拮抗している。明暗を分けるのは精神面の強弱だ。「課題はメンタルの強化だと痛感した。敗戦後は柔道への向き合い方や稽古時の姿勢から見直してきた」。その成果は、まず県総体で確認できた。

実は、選手権直前に大きなアクシデントがあった。部活仲間と気分転換にとサッカーを楽しんでいたとき、ボールが顔面に直撃し、目の周りがパンパンに腫れ上がった。大会1カ月前の出来事。医師の診断は「目に支障を来たしている可能性がある。運動を避けて安静に」。ゴーサインが出たのは2週間後。調整は間に合わず、完治していない怪我も不安要素だった。「半分諦めていたから、出場できただけでラッキーだった。正直、戦える精神状態ではなかった」は指導者の声。だが、本人はそのことに全く触れない。敗戦理由を別の角度から語るのは、自分の流儀に反するからだろう。

桜柔道でメキメキ頭角

木村君は瀬戸市出身。通っていた地元の道場主の勧めで中学から桜丘の門を叩いた。小学時代の最高成績は県軽量級3位と目立つ存在ではなかった。反射神経が良く技も多彩だったが、勝負どころで決め切れず、上位戦線に絡めなかった。

中学入学後、格上の先輩や高校生の胸を借りて自分を追い込んだ。引き手や釣り手の使い方、懐に入るタイミング、担ぎ技での体重移動などをそれぞれの部位で吸収し、攻撃の引き出しを増やしてきた。中学2年時に県総体個人50キロ級で優勝して全国(全中)初出場。ベスト16入りし、以降、紆余曲折を経験するも年代及び階級で県ナンバーワンの実力を誇る。

得意は切れのある小内刈りと体幹の強さを活かした背負投げ。組み合った瞬間に相手の癖や動きを脳内ベースに落とし、先を読んで仕掛ける。自分優位の組手で試合をつくり、修正能力も高い。生真面目な性格だが普段は気さくで笑顔も多い。それでも畳の上に立つと表情が一変し、野武士のような鋭い眼光を放つ。指導する田嶌之貴監督は「目標と向上心を持ち、己を律しながら課題と向き合ってきた。努力の証を大舞台で発揮してほしい」と期待を寄せる。

監督に最高の報告を

全国で勝ちたい。その理由は2つある。1つは次を見据えた将来設計を骨太にするため。卒業後も大学で柔道を続け、新たな扉を開くにあたって戦績に箔(はく)をつけたい。だから結果にこだわる。

もう1つは指導者への恩返しだ。中学時代から稽古をつけてくれた田嶌顧問が今夏をもって男子監督を勇退。後進に道を譲ることを部員らに伝えた。「実力も実績もなかった僕を『拾ってもらった』恩義がある」と話し「先生には技術だけではなく忍耐や規律、競技への心構えなど柔道を通して人間力を育ててもらった」と感謝を口にする。厳しさが主語ではなく「優しさの中に厳しさがあった。長所を根気よく引き出してくれたから、全国で戦えるようになった」

「先生と1日でも長く畳の上に立っていたい」。師弟で臨む集大成の夏。男子個人のインターハイ出場は、長野総体100キロ超級で日本一に輝いた笠井雄太選手以来4年ぶり。「山頂の桜」。その景色を見るために、純粋に実直に信じた道を歩んできた。

▶︎桜丘高等学校 柔道部