信念貫き"突破力"で夢の扉開く 巨人育成3位 決意新たにプロの道へ
豊橋中央高 松井蓮太朗捕手

巨人から育成3巡目で指名を受けた松井連太郎捕手=豊橋中央高で
時計の針だけが静かに進む。張り詰めた緊張感。学校関係者や報道陣らは固唾をのんで”その時”を待った。先月23日、プロ野球ドラフト会議で指名を待つ豊橋中央高3年・松井蓮太朗捕手。体育館に設置されたTVモニターは、午後5時を過ぎたあたりから上位指名を受けた社会人の大型スラッガーや甲子園を沸かせた剛腕投手らの表情を追っている。支配下指名終了。休憩を挟んで育成枠に入り、ここでもなかなか名前が挙がらない。複数の球団が指名終了を打ち出した。ダメかもー重たい空気が流れる中、突然地鳴りのような野太い歓声が響いた。「巨人・育成3位」。一斉にカメラのフラッシュが光り、静まり返っていた会場は一気にお祭りムードに包まれた。緊張から解放された松井捕手は両拳で小さくガッツポーズをつくり、肩を震わせ恩師と抱き合った。「夢へのスタート台に立つことができた。支えてくれた方々には感謝しかない。プロで活躍して恩返ししたい」。安堵と喜びで涙が止まらなかった。
ノーマークだった逸材
「中央高に大化けしそうな選手がいる」ー。失礼な話だが、それまでノーマークだった。だから手元に資料がなかった。噂が入ってきたのは1年ほど前。だが、名前を聞いてもピンとこない。キャリアを聞いてもコメントを取った記憶がない。過去、彼の先輩にあたる同高OBの谷川原健太捕手(ソフトバンク)や中川拓真捕手(ヤクルト)は小学時代に頭角を現し、当時の指導者らが「プロに行ける逸材だよ」と教えてくれた。その言葉通り高校入学時から活躍し、早くからスカウトが注目していた。ドラゴンズで活躍する東邦高出身の藤嶋健人投手は硬式中学野球の三河ボーイズ(イースト三河)時代にU15の日本代表に選出され、その躍動する姿を何度も追った。さらにさかのぼれば、ソフトバンクや巨人で活躍した現解説者の森福允彦さんは小学生時代、豊橋選抜チーム(軟式)のエースとして、全国大会の優勝投手になった。当時の取材日記には大量のコメントや雑感が残っている。そして松井捕手だが、どのページを開いても名前がない。
幼なじみの高橋大喜地投手とバッテリーを組んでいた向山ビクトリー時代は栄や幸、牟呂、吉田方などの勢力が強く、上位の壁に阻まれていた。中学は硬式の愛知豊橋ボーイズ(スカイラークス/40期生)に所属。チームは全国夏季選手権ベスト8や秋季中日本大会優勝など輝かしい戦績を積み上げたが、甲子園を沸かせた阿部葉太主将をはじめチームメイトの高橋大喜地投手、砂田隆晴選手、花井成次選手らが印象強い。聞けば、代打や守備固めなど控えの時期もあったという。そして高校入学。蕾(つぼみ)が芽吹きだしたころだろうか、1年からマスクをかぶった。だが昨年夏、愛知大会の西尾戦で右足首を骨折する重傷を負った。その秋のドラフトは1つ上の快速投手に注目が集まった。
驚異の進化スピード
新チームが始動し、噂を確かめようと地方大会からファインダーを向けた。今春の東三河大会決勝を追い、強肩・巧打にスローイングの速さも鮮烈だった。だが、まだ線が細く絶対的パワーが足りないかな、が正直な見立てだった。それから3カ月。愛知県大会でチームは快進撃を続け、高橋投手とともに評価はうなぎ登り。特に扇の要として巧みなコーナーワーク、打では勝負強さが際立った。まさに甲子園出場の原動力だった。ここまでくると、ドラフトに向け各紙報道が熱を増し、こちらが特集を組んでも後出しで薄味になってしまう。ジレンマは今も残る。この苦い経験は今回で2度目。蒲郡高からソフトバンクに入団し、現在MLBのニューヨーク・メッツで活躍する千賀滉大投手のときだ。投手経験が浅く、1年時から投げていたが、球速はあっても制球に難あり。夏の愛知県大会は三回戦敗退。二回戦の愛知商業戦はプロ3~4球団のスカウトが視察に来ていたそうだが、ドラフト時は”自己査定”で会場に飛ばなかった。
共通項は、どちらも大器晩成型で育成指名。そして大事なバックボーンを本紙は落としていたこと。アンテナの感度の悪さと勉強不足を反省しつつ、千賀投手のような「育成からの逆襲」を願っている。
伸びしろしかない
身長176cm、体重78kgの強肩巧打の捕手。今夏の愛知大会では打率4割超をマーク。攻守の要としてチームを初の甲子園に導き、初戦の日大三戦は2ー3で惜敗したが、印象に残る2安打を放った。険しい道に出くわしても「努力の天才」(関係者)は己の力で切り拓いてきた。
ドラフト当日の会見場。質問者に目を向け、ハキハキと答えた。「這い上がる厳しさと、達成したときの喜びを中央高で学んだ。プロの世界でも強い気持ちで挑戦したい」「打てる捕手を目指し、将来は阿部監督を超える選手になりたい」と口元を結んだ。坊主頭にこだわる理由を「目標を達成するまでの験担ぎ。支配下選手になって、1軍で活躍できるようになるまで」と笑顔で話した。球団スカウトがあいさつに訪れたときは「将来「巨人のキャッチャーと言えば松井』と呼ばれる存在になりたい」と目を輝かせた。
さぁ、子どものころから夢見ていたプロの世界へ。思いは当時のままだ。萩本将光監督は言う。「まだまだ伸びしろしかしかない」と。

野球部の仲間に祝福される松井捕手(中央)
