chigiri vol.191 映画監督 内藤 瑛亮さん
ホラーを通して、目を逸らされがちな現実と向き合い、
社会の歪みと人間の弱さを映し出す映画監督。
映画監督 内藤瑛亮さん
人が何を怖れるのか。その答えは、いつの時代も社会の輪郭を映し出してきた。終戦直後に生まれた初代『ゴジラ』が核の恐怖を背負っていたように、現代の映画に描かれる恐怖もまた、私たちが生きる「今」と無関係ではない。内藤監督は、そうした感覚を手がかりに、恐怖表現と向き合い続けてきた映画作家だ。血や暴力といった刺激に頼るのではなく、「なぜそれが怖いのか」「どこから不安が生まれるのか」を見つめ直す。その視線は、恐怖の奥にある社会の空気や人間の心理へと向けられている。
監督としての原点は、決して特別な映画体験にあったわけではない。両親ともに漫画好きで、家には自然と物語があふれていた。本棚には手塚治虫全集などのコミックが並び、幼い頃から家族で漫画談義に花を咲かせていたという。当時、テレビではホラー系番組が人気で、日常に潜む不思議や恐怖を描いた『世にも奇妙な物語』は、ホラーに興味を持つ大きなきっかけだった。
凄く怖いけれど、なぜか観たくなるんです。母おすすめのホラー映画をレンタルして、週末は家族で観る。それが我が家では当たり前でした。大人になってから、ホラーが苦手な人が多いと知って、正直驚きましたね」
怪物が暴れ回る派手な恐怖よりも、生活のすぐ隣にある違和感や、不安が静かに忍び寄る感覚。そうした怖さに幼い頃から触れ、恐怖を特別なものとしてではなく、物語の一部として受け止めてきた。その体験は、「恐怖は日常の延長線上にある」という感覚へとつながっている。
作品に登場する人物像にも、その感覚は色濃く表れている。内藤監督は、人を善と悪に切り分ける描き方を好まない。「誰でも、間違った選択をする可能性はある」。その言葉どおり、行為そのものよりも、そこに至るまでの背景や感情に目を向ける。愚かな選択をした人間を簡単に切り捨てない姿勢は、観る者に居心地の悪さを残しながらも、強い現実感を伴って迫ってくる。
そのスタンスは、『ミスミソウ(2018年)』や『許された子どもたち(2020年)』といった代表作にも通底している。暴力や罪を消費するのではなく、歪んだ環境や感情の連なりを丁寧にすくい上げ、観る側に割り切れない感情と判断の余地を残す。その、答えを急がせない距離感こそが、内藤作品の特徴と言えるだろう。
先月公開されたばかりの最新作『ヒグマ!!』でも、その姿勢は変わらない。獣害や闇バイトといった現代的な題材を扱いながら、ヒグマを単なる「敵」として描かず、人間の都合や倫理を超えた存在として立ち上げる。そこに浮かび上がるのは、恐怖を制御しようとする人間の側の危うさだ。
恐怖とは、外からやってくるものではなく、私たちの内側にすでにある感情なのかもしれない。その事実から目を逸らさず、映画として差し出し続ける内藤監督は、怖さの奥にある問いを、観る者に静かに投げかけている。
映画で描きたいのは、割り切れない現実。
そこから目を逸らさないために。
———漫画家を志した少年時代から、特別支援学校での経験、そして『ヒグマ‼︎』へ。内藤瑛亮監督の歩みを辿ると、一貫して浮かび上がるのは、割り切れない現実から目を逸らさず、それを映画として描こうとする姿勢だ。制作の背景や作品に込めた考えを通して、監督がいま何を見つめ、どこへ向かおうとしているのかを紐解いていく。
将来の夢は漫画家だった
子どもの頃から漫画が好きで、「将来は漫画家になれたら」と、割と本気で考えていました。大学に入ってからも、漫画を描いては投稿していましたし。ただ、今思えば「そりゃダメだろうな…」って感じです(笑)。結果は明白でした。そんな時、ふと思ったんです「描こうとしていることは映画で実現できそうだな」と。両親の「もう、働け」という圧力を受け止め、大学を卒業後は、仕事をしながら自主映画を撮るようになりました。
教科書どおりにいかない素敵な場所
教員として勤めていた特別支援学校は、比較的軽度の障害を持つ子どもたちが多く、ぱっと見ただけでは分からない子も少なくありません。でも本人たちは、自分が「障がい者」と呼ばれることに抵抗を感じていて、その言葉のニュアンスに傷つくこともありました。子どもたちの感情表現は独特で、正直で、いつも新鮮。その感じが、凄く素敵に映りました。授業も教科書どおりにはいかず、先生も保護者も、どう関わるかをずっと考え続けている。大変だけど、どこか楽しそうな現場でした。だから、この経験は社会問題としてではなく、そこで過ごした時間の感触として、いつか映画にしてみたいと思っています。
ふとした一言から動き出した企画
別の作品を進めていたプレゼンの場での、何気ない一言から生まれたのが、映画『ヒグマ‼︎』です。「闇バイト」と「クマ被害」という現実の社会問題を組み合わせつつ、現実と距離を保った娯楽映画として成立させようと考えていました。
ところが完成後、公開延期が決まり、その距離感は一気に揺らぎます。判断は配給側ですが、世情を考えれば正解だったのかな…と。フィクションと現実が近づきすぎると、映画は簡単に切り離してもらえない。その難しさを、強く実感しました。
ヒグマは、敵では終わらない
巨大なヒグマが人を襲うパニック映画でありながら、単純なモンスターものではありません。鈴木福さん演じる18歳の青年は、学費の捻出に奔走する中、父を死に追いやった闇バイトの拉致工作に加担してしまいます。ターゲットの女性を山中へ運ぶ途中で、巨大なヒグマに襲われる、という物語です。
ただ、ヒグマを「倒して終わり」の話にはしたくなかった。自然は人間が完全にコントロールできるものではなく、駆除が必要な現実の中にも、割り切れない感情や葛藤が残る。その怖さを消さず、派手な恐怖の奥に人間の弱さや判断の危うさをにじませる。そこに、この映画の一番の見どころがあります。
歓声の向こうに見えた、次の景色
海外で自分の映画を上映すると、観客から歓声が上がる場面があります。こういった、日本では考えられない反応は、新鮮で、作り手冥利につきます。共感するポイントは同じでも、表現の仕方は国によってまったく違う。その驚きや嬉しさが、次の欲望につながっているんです。日本の映画界は、国内だけで成立させようとする空気があり、ともすれば日本映画をガラパゴス化させてしまう。だからこそ、その枠を抜け、世界市場を目指した企画を、これからも世に出していきたいと思っています。

ヒグマ!!
2026年1月23日公開
配給:ナカチカピクチャーズ
監督・脚本:内藤瑛亮
▶︎映画『ヒグマ!!』公式HP

禍禍女
2026年2月6日公開
配給:K2 Pictures
監督:ゆりやんレトリィバァ
脚本:内藤瑛亮
▶︎株式会社K2 Pictures公式サイト 禍禍女
ないとう・えいすけ さん プロフィール
1982年、豊川生まれ。一宮中学校、国府高等学校出身。愛知教育大を経て、東京学芸大学大学院へ進学。卒業後は、教員採用試験を経て、特別支援学校に着任。教員として働きつつ、映画美学校へ入学して自主映画を制作。2008年、卒業制作の短編映画『牛乳王子』が「学生残酷映画祭2009」でグランプリを獲得。教員を退職後は『パズル』や『ライチ☆光クラブ』、『ミスミソウ』など罪を犯した少年少女をテーマにした作品を多く手掛け、2020年には約8年振りとなる自主映画『許された子どもたち』を制作。実際に起こったいじめによる死亡事件に着想を得た衝撃的な内容とその真摯な作家性が高く評価された。
【主な作品】
–短編・長編映画
●高速ばぁば(2013年) 監督・脚本
●パズル(2014年) 監督・脚本
●ライチ☆光クラブ(2016年) 監督・脚本
●ドロメ 女子篇(2016年) 監督・脚本
●ドロメ 男子篇(2016年) 監督・脚本
●ミスミソウ(2018年) 監督
●許された子どもたち(2020年) 監督・脚本・編集
●ホムンクルス(2021年) 脚本
●毒娘(2024年) 監督・脚本
●嗤う蟲(2025年) 脚本
●ヒグマ!!(2026年) 監督・脚本
●禍禍女(2026年) 脚本
–ドラマ
●仮面同窓会
第1話・第2話・第6話・第7話・最終話(2019年) 演出
●名もなき復讐者 ZEGEN(2019年)
監督(第1〜3話・第6〜8話)・脚本
●極主夫道 第2話・第3話・第8話(2020年) 演出
●高嶺のハナさん(2021年) 監督・脚本
●高嶺のハナさん2(2022年) 監督
●DORONJO / ドロンジョ(2022年) 監督・脚本
●ハレーションラブ
第1話・第2話・第6話・最終話(2023年) 演出
●降り積もれ孤独な死よ
第1話・第2話・第6話・第7話・最終話(2024年) 演出