伊藤梨里花さん ソフトボール選手からケイリンの世界へ
主戦場は球場からバンクへ。アスリート人生「第2幕」開演ー。女子ソフトボールJDリーグで活躍した豊橋出身の伊藤梨里花(りりか)さん(26)=市内内張町=が、日本競輪選手養成所(競輪学校)の入所試験に一発合格し、〝競技道〟の新たな一歩を踏み出した。少年野球時代から15年以上にわたって白球を追い続け、JDリーグに在籍していた4年間はチームの中心選手として数々の栄光と挫折を経験。愛用のバットとグローブを置き、引退を惜しむ声も多かったが、今は新たな挑戦を応援しようと、在籍していた企業やチーム関係者などから門出を祝うメッセージが届く。「いろいろな人に育てていただいて感謝の気持ちしかない。エールに結果で恩返ししたい」と思いを語った。
競輪選手養成所試験一発合格 可能性求め新たなステージへ
経験を肥やしに信じた道を疾走
競輪選手養成所の検定試験は昨年11月に静岡県伊豆の競輪学校で行われた。試験には「技能」と「適正」の2種があり、技能は競技用自転車でのタイム測定が主要項目で、競技経験者や研修生などが受験する。適正にはタイム測定はなく、固定式自転車による身体能力チェックで基礎体力や瞬発力、バランス感覚、将来性などを査定し、合否を決める。他競技で実績を残した自転車未経験者が対象で、伊藤さんはこの適正試験に臨んだ。
ソフトボール時代の戦績が評価されて1次(垂直跳び、背筋力測定等)免除。2次は固定式自転車による6秒間の走行時の最大パワー(及び最大回転数)、30秒間の走行時の平均パワー測定で、いずれも基準値をクリア。人物考査も通って今年1月に合格の知らせが届いた。同区分には20人が受験し、合格者は伊藤さんを含めレスリングや陸上経験者ら5人だった。「普段からバイク(自転車)でスタミナ強化を図ってきたので、力を出し切ればいけるかな…と。でも、すべてが初めてだったので(当日は)怖さと緊張の方が大きくて。合格は素直にうれしかったし『もう後戻りできない』と、気持ちのスイッチが入りました」。今回落ちていたら「〝浪人〟して次回技能試験を受けるつもりでした。完全に自転車モードに入っていますから」
大垣ミナモで飛躍
中学生女子クラブチームで本格的にソフトボールを始め、以来豊丘高、東海学園大とチームの中心選手として活躍。数々の戦績を名刺がわりに2021年にJDリーグ「大垣ミナモ」に入団。外野手(レフト)の長距離砲として1年目から存在感を発揮し、2022年の全日本総合女子選手権3位に貢献。MWP(最優秀殊勲選手賞)を5回受賞するなど、タフな試合を重ねながらキャリアと心身の強さを身につけていった。昨年はJR東海の貸切広告列車「ニトリJDリーグ2024テーマトレイン」のポスターに起用され、上野由岐子(ビックカメラ高崎)や後藤希友選手(トヨタ)ら各チームの〝推し選手〟とともに女子ソフトの魅力を発信した。


自問自答の日々
チームの「顔」として欠かせない存在になった。後輩を引っ張る統率力もある。だが、プレーヤーとしての自分に〝何か〟が欠けていると感じたのは、昨年の前期リーグを終えた6月ごろ。「奮い立つような闘争心が湧かない」「気持ちの切り替えがうまくできない」「敗戦を引きずってモチベーションが上がらない」など要因は様々。心と向き合い、自問自答の日々を送っていた時期に、同じ豊橋出身で、学生時代から親交のある同学年の男子競輪選手から〝オファー〟があった。「梨里花の根性なら競輪の世界でもやっていける。勝負してみないか」。評価はうれしいが、知識もなければルールも知らない。観戦したこともない。最初は興味を示さなかったが、個人で戦う魅力や面白さを聞くうちに、徐々に心が動いた。「後ろ向きになって落ち込んでいるより、覚悟を決めて新しい道を切り拓いていく方が私らしいかも」。悩んだ末に気持ちが固まると、考えるより先に体が動いた。8月に願書を提出し、後期のリーグ戦に出場しながらバイク自主トレの量と回転数を上げ、個の強度を上げていった。
1月から本格始動
リーグ終了の10月に引退を発表し、12月末付で所属企業を退職。1月から実家に戻り、豊橋競輪場などで本格トレーニングに入った。球場に足を運んで娘のプレーを追い続けた両親。「未知の世界に飛び込むので、最初は複雑な心境だったと思います。でも、本気度が伝わったのか、今は1番の理解者。心身両面で支えてもらっています」


自転車経験のない適正試験合格者は、入所前トレーニング(自主練)でまず競輪の『イロハ』を覚える。午前中はスポーツジムで筋トレや長距離ロード。午後は豊橋競輪のバンクでT‐GUP(豊橋ガールズケイリン育成プロジェクト)の練習生たちとラインを組み、逃げや刺しの駆け引きや位置取り、仕掛けるタイミング、そして判断力や勝負勘などを身体に叩き込む。「最初はコーナーの傾斜(カント)が怖くて。脚力には多少自信があったのですが、スピード練習時は毎回息が上がって身体が悲鳴をあげます」。身長170cmで脚も長いが「線が細くてパワーが足りない。食事量や筋トレで肉体改造しなければ」。少年野球時代からの友人で同学年の牛田樹希斗選手(A級2班)は「伸びしろがあり、技術吸収が早い。男勝りな性格もケイリン向き」と期待する。
養成所入所は4月中旬予定。技能合格者より2週間ほど早く入所し、自転車に関する知識や基礎的な乗車技術を学び、技能組が入所して本格始動。厳しい管理下のもと、学科講習や科学的トレーニングを取り入れた実科講習などでプロとしての自覚とスキルを身につける。養成所では二十歳前後の年下候補生と競うことになるが「負けたくないですね」と対抗心を燃やす。

▲豊橋競輪場のバンクでトレーニングを積む伊藤さん
夢はガールズグランプリ
夢を実現させるーいつもその思いが彼女の源泉だ。ソフトボールと出合い、栄光と挫折を折り重ねながら競技者としての土台をつくってきた。チーム競技から個人種目へ。「不安が無いと言ったら嘘になりますが、やると決めたからには徹底的に追い込む覚悟です。私、人一倍負けず嫌いなんです」と口元を結ぶ。ソフトボール人生を振り返り「成長させてもらったし、かけがえのない友もできた。人生の厳しさも教わった。そのすべてに感謝です」。そして「今まで支えてくれた人たちに、結果で恩返ししたい」と、自身に言い聞かせる。
もう26歳ではなく、まだ26歳。ガールズグランプリ出場を夢見て、セカンドキャリアの階段を一歩ずつ。「地元に人に愛される選手になりたいですね」。風を切ってどんな道を拓いていくのか。その先に何が待っているのか。今、第2ステージの打鐘(ジャン)が鳴った。
